小説

『真夏の方程式/東野圭吾』感想 答えの出せない難問に苦しむ人がいるとき、自分にできることは何か?

東野圭吾さんのガリレオシリーズ第6弾『真夏の方程式』。容疑者Xの献身に続き映画化もされた作品で、小説を久々読み返したので、改めて感想を書いておこうと思います。

真夏の方程式/東野圭吾 あらすじ

夏休みを玻璃ヶ浦にある伯母一家経営の旅館で過ごすことになった少年・恭平。一方、仕事で訪れた湯川も、その宿に宿泊することになった。翌朝、もう1人の宿泊客が死体で見つかった。その客は元刑事で、かつて玻璃ヶ浦に縁のある男を逮捕したことがあったという。これは事故か、殺人か。湯川が気づいてしまった真相とは―。

真夏の方程式/東野圭吾 感想

改めて読み終えた時、学生時代に印象良かったとある先生のことを思い出したんですよね。

男で中年。見た目は超絶普通な先生だったんですけど、なぜか生徒皆に好かれてて。

当時は不思議だったんですけど、今思い返すと常に”相手”目線で接していたんですよね。この”相手”目線ってのが肝で、”生徒”目線ではなかった。ここ実際には微妙なニュアンスの違いで、説明するのは難しいのだけれど日々のやり取りの中で、こちらを生徒(子供)ではなく1人の人間として扱ってくれてんだなーって。

そして先生自身もまだ人として不完全なものであるとしっかり示してましたし、共に成長していきたいという気持ちがみえてました。

まあだいぶ前のことなんで半分ぼんやりな記憶なんですけどね。

本作における湯川も恭平に対して、自らの持ってる知識や技術、研究における心構えを教えるという事はしつつも、恭平を子ども扱いはあまりしていなかったように思えます。まあ子供嫌いで、関わると蕁麻疹が出る湯川が恭平に対してそれがないという時点である程度分かることもありますが、、

そして、そんな他の大人とは違う対応をしてくる湯川を恭平が慕うのは当然で、ここら辺のやり取りは今までのガリレオシリーズにはなかったので良かったですね。

そして一番印象的だったのは、やっぱりラスト。

恭平は物語後半、自分が犯してしまったことに薄々気づいています。そして苦悩しているように見えました。そんな彼に湯川は最後、「私も君と一緒に同じ問題を抱えて、悩み続ける」「君はひとりぼっちじゃない」と言い残します。実に湯川らしい相手の目線に立った言葉だと思いました。

すぐに答えの出せない難問に対して苦しんでる人がいるとき自分はどうすれば良いか?
湯川から教えられたような気がしました。

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